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最初の自分カメラ「リコーオートハーフ」

2016年4月9日

戦後生まれだからというわけでもないが、子供の頃はカメラどころの話しではない生活が続いていた。無論それは後から振り返って分かることで、両親は苦労の連続だったに違いないが私はありがたいことに特別腹を空かせた記憶もなかった。しかしカメラが欲しかった...。

 

とはいえ願ったところで自分専用のカメラを手にすることができるはずもないことは明白だった。しかし確か中学生のときだったか、何かのイベントあるいは校外学習といった出来事がきっかけだったと思うが長い間の夢が実現するときがきた。

 

ある日の午後、私は母に誘われ一緒に地元の商店街まで出向いた。母と2人で商店街まで歩くといったこと自体、多感な年代の男子にとって日常の出来事ではなかったはずだし振り返っても母と2人で買い物に行き、何か自分だけのものを買ってもらった記憶もない...。

母は「一緒においで」といったきりで、どこに何しに行くかは言わなかった。私はまた内職の材料でも取りに行くのかな...といった軽い気持ちで母の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どういうわけか母は商店街のカメラ店に入っていくではないか。贔屓目に見てもカメラ店と母はマッチングしない(笑)。何事かと思ったら、なんと私用にカメラを買ってくれるというのだ…。有頂天になった私はそのカメラ店における母のやりとりをいまだに忘れられないでいる。ちなみに最初期のリコーオートハーフは現在手元にあるものと同じくシャッターボタンがフロント部分にあるタイプで1962年に発売された。私が14歳のときだ...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうした訳だから最初からこのカメラにしよう…というような案はまったくなかった。たぶんに店主が子供でも使えるカメラ、そして価格的に高価な製品は論外だったこともあったのだろう、勧められた「リコーオートハーフ」を購入することになったに違いない。母は現金一括払いではなくその頃商店街が勧めていた月賦(分割払)で買ってくれた。その「リコーオートハーフ」が私にとって初めての自分専用カメラとなった。

 

それにしても楽々とカメラを買うことができるほど家計が楽ではなかったことを知っている私は飛び上がらんばかりの嬉しさと同時に一抹の後ろめたさを感じたことを覚えている。

ともあれ「リコーオートハーフ」は写真の知識が皆無な子供にとって最良のカメラだったようである。小型軽量なうえにレンズの突出もなく持ち運びが楽だったこと、そして自動露出と固定焦点の組み合わせだけでなく独自のゼンマイによるフィルム自動巻き上げ機能は自慢の種だった。「シャッターだけは押してね」がキャッチコピーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在当研究所にある初期型の「リコーオートハーフ」を眺めるとあらためてその小型なことに驚くし何よりも私にとって「リコーオートハーフ」はカメラ店で月賦購入手続きをする小柄な母の横顔と歯切れの良いしわがれ声を思い出す縁でもある…。

その「リコーオートハーフ」をいつ頃まで使ったかについては定かではない。事実高校の修学旅行時には別のカメラを提げている写真が残されている。

カメラに対する愛着はその後も続き、就職した年の最初のボーナスで初めて一眼レフカメラを手に入れたことも記憶に残っているし、その後も覚えてないほど多くのカメラを買った。しかしあの夕暮れの商店街で母に買ってもらった「リコーオートハーフ」を抱えながら帰ったときほど感激したカメラはいまだない...。

 

 

 

リコーオートハーフ。ゼンマイでフィルムを自動で巻き上げる機構を持っていた

最初の自分カメラ RICOH オートハーフ F:2.8  f=25mm

RICOH オートハーフの背面

ボディ下の大きなダイアルがフィルムを自動で巻き上げてくれるゼンマイ機構だった

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