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信長に異変を知らせたという「三足の香炉」を象った文鎮物語

2016年5月4日

物持ちが良いとはいえない私が小さな文鎮を十数年ほど愛用し続けている。その間、引越も3回やったし捨てたはずはないのに行方がわからない文具や小物は数知れないものの、蛙の形をしているこの文鎮は日々書籍や書類の端を押さえ役に立っている。

 

文鎮はサイズが85mm×55mm×35mmほどだが、蛙の後ろ足が一本ないのである。壊したのでは無く最初から三本しかなかったのだ。

実はこの蛙型の文鎮は十数年前、女房と京都に旅行した際に立ち寄った本能寺で「大寶殿宝物館」が開いていたからと立ち寄った際に求めたものなのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本能寺はあらためて説明する必要もないだろうが、天正10年6月2日(1582年6月21日)明け方未明に明智光秀の謀反により織田信長が自害して果てたというあの「本能寺の変」の舞台である。

しかし正確に言うなら現在の本能寺は変のあった際の場所とは違うという。そもそも法華宗大本山本能寺は応永二十二年(一四一五)日隆聖人が建立。ただし現在まで、他宗による破却や本能寺の変をはじめとする、戦乱・大火により五度の焼失、七度の再建を繰り返しているという。

 

私らが訪れた際、その本能寺に伝わる織田信長ゆかりの品が多々「大寶殿宝物館」に展示されていた。そうした中で私の目を引いたのが「三足の香炉」という3本足の蛙を模った香炉だった。もともとは大陸から伝わったものかも知れないが、伝説によれば本能寺の変の前夜、この香炉の蛙が突然鳴き出し、異変を知らせたという。

信長は確かそのとき茶会を催していたはずだが、鳴いた「三足の香炉」をどう扱ったのか、なぜ香炉は焼けずに残ったのか…といったことは解説されていなかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説はともかくこの「三足の香炉」は本能寺の宝であるが、その「大寶殿宝物館」ではそのレプリカを特別販売していた。私は確か3万数千円だったその「三足の香炉」が欲しかったもののその時期は懐具合が少々寂しかったのだろう、諦めて千円程度で売っていた文鎮を買った。文鎮はかなりデザイン的に省略された形であったが正しく「三足の香炉」の形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが今でも毎日私の机上で踏ん張っている文鎮なのだ。いまあらためて重さを量ってみると341gある。形と言い、サイズといい、そして重さといい大変扱い易くまた文鎮として役立っているので手放せない。

 

いまでもあの「三足の香炉」のレプリカを欲しいと思っているが、もしあのとき買っていたらこの文鎮は買わなかったに違いないし、実際問題香炉など飾る場所も香を焚く趣味も興味もないから早々に行き方知れずとなった可能性は高い。

しばらくしてから「三足の香炉」のレブリカに関して問い合わせをしてみたがすでに売り切れで追加製造の予定はないと言われてがっかりしたことを思い出す...。

 

それにしてもやれパーソナルコンピュータだ、ガジェットだ、デジタルだ…などと言い合っているその机上にアナログ文具の象徴のような文鎮が鎮座しているのも考えれば面白いことだと思う。

お気に入りの「三足の香炉」文鎮だが、幸いまだ一度も鳴いたことはない(笑)。

 

 

 

京都・本能寺「大寶殿宝物館」で買い求めた「三足の香炉」を模った文鎮

京都・法華宗大本山本能寺の表門(2005年撮影)

本能寺の本殿

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