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「蘭学事始」ならぬ「パソコン事始」の思い出

2018年3月5日

時代小説「首巻き春貞」には小石川養生所やその初代肝煎だった小川笙船という実在の医者が登場する。医療・医学がテーマの作品ではないが、大切な背景でもあり時代考証もそこそこしっかりしたいと様々な資料を読んでいるが、先日来からの目玉は「解体新書」の著者、 杉田玄白が書いた「蘭学事始」である。これを夢中になって読んでいてふと思い出したことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「解体新書」とは、ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスの医学書 "Anatomische Tabellen" のオランダ語訳「ターヘル・アナトミア」を江戸時代の日本で前野良沢や杉田玄白らが翻訳した書で安永3年(1774年)刊行された。

杉田玄白自身が晩年に翻訳は勿論その刊行の苦心やらを書いたのが「蘭学事始」である。その「蘭学事始」を読んでいると苦労や苦難のレベルは違うものの1977年暮れにワンボードマイコンを手にしていわゆるコンピュータの世界に足を踏み入れた私自身の艱難辛苦の思い出が宿ってきた(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時ワンボードマイコンとしては一番知られていたのがNEC TK-80だったが、どういうわけか私は富士通のFACOM LKit-8を買った。

ポケットにかき集めた10万円をねじ込んで秋葉原へ勇んで向かったが、購入動機としてはひとつに新しもの好きであったこと、個人でコンピュータが所有できるということへの知的好奇心、これさえあれば「なんでもできる」といった謳い文句に踊らされたといってもよいかも知れない。

 

とにかくFACOM LKit-8と別途電源を買って勇んで家に帰ったものの、いざセットアップし眼前にある貧弱な基盤と16進キーボード、そして出力結果は6桁のLEDだけといったものに正直幻滅を覚えたものだ。

しかし冷静になって考えるまでもなく私自身それまでコンピュータテクノロジーについて勉強する機会はなかったし単なる物好きに過ぎなかったから、その操作方法はもとより理屈のほとんどが理解できなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解できない理由の多くは「ターヘル・アナトミア」の翻訳ではないが言葉の壁だった。

そもそもワンボードマイコンは一般消費者向けの製品ではなく技術者向けの評価用を目指したアイテムだったから初心者が日本語で読める解説書といった類も皆無といってよかった。

したがって頼りはマイコン雑誌だったが、ASCIIとかマイコンなどの月刊誌はその多くがNECのTK-80の記事でLKit-8の記事はほとんどなかった。

 

さらに現在のようにウィキペディアで検索すれば…といったこともできない時代だったから、僅かな資料をかき集めたとしても英語にしろ日本語にしろその意味自体が分からないので先に進めなかった。

勿論「パソコン用語事典」といった類はまだ登場していなかったからまずは単語本来の意味を確認できたとしてもマニュアルや資料が意図するコンピュータ用語の意味にたどり着くには並大抵のことではなかったのだ。

 

ともあれそれまで耳慣れない言葉が大量に登場した。バッファ、ニーモニック、オブジェクト・コード、アセンブラなどなどだけでなくRAMやROM、PROM、EPROMなどいやに英字の略号も目に付く。

今更わざわざ説明するのも愚の骨頂だが、あえて記すなら例えば hardwareを当時の一般的な英和辞書で引けば「金物類・鉄器類」と表記されていた。

またコンピュータ用語としてのbusは乗合バスではないし、nestingは鳥や虫の巣ではない。flagといっても文字通り旗を意味するとはいえ本意はデータの状態を表す目印のことだ。

 

さらに accumulator は、コンピュータにおいて、演算装置による演算結果を累積する、すなわち総和を得るといったような計算に使うレジスタや変数のことだ。

しかし当時に例えば研究社刊「新英和中辞典 第3版(1971年)」で accumulator を調べたとしても蓄積者・蓄財家・蓄圧器・緩衝装置・蓄電池といった訳しか記されていない。

したがって系統立てて学んだ方はともかく、私のようにど素人が飛び込んでもどうしようもないのだ…。なにしろ回りに同じ事をやっている知人友人も絶無であり、まさしく絶海の孤島にいるようにも感じたほどだ。

 

さらに続ければeditorといえば編集者だが、コンピュータ用語としてはコンピュータ上で各種のオブジェクトを編集するソフトウェアを意味し、単にエディタという場合、テキストエディタを指すことが多い。

Windowもそうだ。電話によるサポート時に「まずはウィンドウを開けてください」と言ったら「ちょっと待ってください」とタイムラグの後「はい、いま窓を開けました」と電話口で答えたという実話があるくらいだ。

 

まさしく理論を学ぶためにはそれぞれの言葉の意味を知る必要があるわけで1977年暮れにワンボードマイコンを手にした私も辞書とはいえないまでも、自分の覚書として専用のノートに「ROM = read only memory で読み出し専用のメモリのこと。書込はできない」等とその日に覚えた語を綴っていったものだ。

 

いま考えればそれらは当然なことで、コンピュータといったこれまでになかった類の事象を言語で説明するためにすべて新しい語を作り出すわけにはいかない。やはりこれまで我々が使ってきた馴染みの単語を使って新しいものを解説することになるわけで結局はひとつひとつを当たり前のこととして覚えなければならず、時間がかかったのである。

結局、言葉の意味を知るにはその背景までをも知らなければ本当のニュアンスはわからない。最近はそうそう酷い誤訳は少なくなったが時代の壁というべきか1990年代のコンピュータ関連訳本などには誤訳が目立つ。

 

目立った一例をご紹介すると、あるMacintosh関連本だが原著に “What I first remember was the light.” という書き出しで始まる1冊がある。

これは米国の著名なジャーナリストが書いたもので1983年のある日、Macintoshの発表前にAppleのスティーブ・ジョブズにより初めて見せられた時の印象であり、その書籍の一行目に書かれた文字通り冒頭の言葉だ。

訳者は著名なプロの翻訳家兼ソフトウェア開発者で多くの書籍を世に出し、沢山の翻訳もされているが当該の訳本には「まず目に焼き付いたのは『ライト』だった」とある。

 

英語とか翻訳に疎い私もこの一行を読んだとき「いくら何でもこの訳はないだろう」と思い、その後の訳に信頼が置けなくなり結局原著を取り寄せることにしたのだった。

この出だしは1984年1月24日に発表されたMacintoshを初めて見たときの強烈な印象を記したものだが、背景を認識できないとおかしなことになる典型的な例だと思う。

 

“light” を「ライト」と表記してもそれ自体は間違いではないだろう。我々は「ライト」とはこの場合「明かり」とか「照明」といった意味に捉えることができるからだ。しかしこれでは原著者の感動は伝わってこないし適切な和訳とはいえない。

したがって文字通り素直に訳せば「私が最初に覚えているのは光だった」ではないだろうか。またより意訳するなら「私が最初に思い出すのは眩いばかりの明るさだった」の方がよいかも知れない。

"remember" には「記憶している、覚えている」といった意味もあるが、この一文は著者が当時のことを思い出して書いた出だしなのだから。

しかしなぜ訳者は "light" を「光」と訳さずそのまま「ライト」としたのだろうか。

ともかく原著者は起動直後のMacintoshを初めて見て、その画面の明るさ…まるで照明のように白く発光する画面に驚いたのだ。

 

なぜなら原著者本人も後に記しているとおり、それまでのパソコンのモニターは真っ黒い画面にテキストが白くあるいはグリーンに発光するのが普通だったからだ。無論アプリケーションやゲームを起動すれば画面はモノクロにせよカラー仕様にしても絵のような画面表示はできたものの、起動はMS-DOS (マイクロソフトのディスクオペレーションシステム)でなされ、ワードプロセッサや表計算ソフトもモニター画面は黒いというのが一般的だったのである。

したがって当時この訳本を読んだとき「もしかしたらこの訳者の方はMacintoshの実物を見ていないのではないか」と思った。

 

そして確証はないが、米国人の書く文章であるからしてカルチャーの根本が我々とは違うと考えなければならない。もしかしたら最初の章の…それも一行目をどのように書き出そうかと考えていたとき、彼は旧約聖書やヨハネによる福音書の出だしを思い出したと考えても無理はないと思うのだ。

物書きは最初の一行が勝負なのだ…。印象的にそして劇的な書き始めにしたいと著者が苦悩していたとき閃いたのかも知れない。

 

旧約聖書の創世記出だしに「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」とあり、ヨハネによる福音書の出だしには「始めにことばがあった」と記されている。

さらにヨハネによる福音書の冒頭には「And the light shineth in the darkness; and the darkness apprehended it not.」すなわち「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(新共同訳)とある。

したがって原著者は「MacintoshとMS-DOS」を「光と闇」として対比させたかったのではないか。

ということで原著者は起動時から衝撃を受けたMacintoshの印象を書き出しの1行目でいわゆる「はじめに光りありき」的なイメージでを持って自身の気持ちを表したかったのではないか…。

 

要はこの時代、翻訳の専門家だとしても容易に適切な日本語訳にたどり着けない場合がある時代だったといえよう。

ましてやど素人の私などが見た事もないコンピュータ用語だらけの中に片足を突っ込んだわけで1970年代後半という時代背景も含めて「解体新書」を完成させた杉田玄白や前田良沢らの困惑とそれでも前に進みたいという熱意の一端が理解できるように思え親近感を覚えたのである。

 

 

杉田玄白著/片桐一男全訳注「杉田玄白 蘭学事始」講談社学術文庫刊

復刻版「解体新書」西村書店刊

1978年春頃のFACOM LKit-8全景

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