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遙かなる記憶

成績が良かった理由?

小学校時代の先生で名前を覚えているのは2人だけだ。

ひとりは一年生のときの担任だった田△先生、それから五年生のときの伊藤先生だ。

共に男の先生だったが、その間に担任になった先生はみな女性だったが、どうしたことか

すぐにお腹が大きくなって産休となり、代用教員がきたので印象がまったく残っていない。

 

一年生のとき自慢ではないが通信簿はなかなかによかった。

確かその評価は今のように5段階評価ではなかったが、いわゆる "優" がけっこうあった。

ただし宿題はなんとかこなしたが、特に家に帰って勉強したことはなかった。

学校の勉強は好きになれなかった。

近所のガキ大将、そして馴染みの野犬数匹といつも走り回っていた。

 

一度だけ、田△先生が家庭訪問のため6畳一間の我が家を訪れたときがあったが、たまたま僕はその場にいて緊張したことを覚えている。しかし隠れる場所がなかった...。

その緊張が嫌で、以後家庭訪問と聞けば意識的に外へ遊びに出るようになった。

 

月日が過ぎて担任の先生が替わったある日、僕は母が友達のお母さんと立ち話ししている話しを聞いてしまった。

聞くつもりはなかったが、母のしわがれ声が自然に耳に飛び込んできた。そして話しの内容が衝撃的だった。

 

「あら、お宅もそうだったの?」

「ということは家庭訪問を理由に小銭を借りて回っていたのかしら」

「A君のお母さんもそう言ってたわ」

 

どうやら田△先生は家庭訪問に出向いた家々で金の無心をしていたらしい。

とはいえ我々だってその日暮らしの時代だったからまとまった金を貸せる立場では無かった。
だからそれぞれ大した額ではなかったに違いない。

とはいえあの先生が生徒の家々でお金を借りて回っていたという話しは実にショックだった。

 

それ以上に僕には母の次の一言がトラウマになりそうなほどメチャメチャショックだった。

「ああ、うちのジュンスケが成績よいのもそのおかげかしら。あははははは!」

自虐的なジョークだったのだろうが、そのまま受け取った僕はしばらく立ち直れなかった。

 

 

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