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ゲスラー松田

小学校4年生のときではなかったかと思うが、目立たないはずの僕に学芸会で大役が回ってきた。

どういうことでそうなったのかはまったく覚えていないし自己主張できる子供ではなかったから、他になり手がいなかったか、あるいは先生の温情だったのかも知れない。

 

学芸会の中で私のクラスは「ウィリアム・テル」を演じることになったという。

僕に与えられた役どころは悪代官ゲスラー役だった。

無論最後は主役のウィリアム・テルの放った矢で殺される悪役である。

だけど僕は嬉しかった。

 

1番の見せ場はテルが放った矢が胸に突き刺さり倒れるシーンだ。

子供心にこのシーンだけはリアルに演じたかったからテル役の同級生と随分と練習した。

演技と言うよりオモチャのような弓で矢を僕に向けて放ったその矢をゲスラー役の僕が胸付近で両手に受け止め、刺さったように演じるという練習だ。

先生はそんなことはどうでもよく、手に隠し持った矢を胸に当てればそれで良いといったが僕たちは納得しなかった。

 

もうひとつの問題は衣裳と小道具だった。

小学校の学芸会、それも大昔のことだから大層なことは誰も望んでいない。

しかしゲスラー総督に扮装するにはそれなりのポイントがあった。

絵本からの知識だったが、まずはマント、そしてツバが広い帽子、そして肩に乗せる烏(カラス)だった。

 

家に帰り、学芸会で悪代官ゲスラー役に決まったというと晩酌でほろ酔いの父も喜んだ。

「よし、オトーサンが帽子と烏を作ってやる」

そう宣言した。

父は器用貧乏を地で行く男だった。

材料は新聞紙を柔らかくして糊を混ぜて作るいわゆる手製の紙粘土だった。

これで実物大の烏を作り、絵の具で黒く塗っただけの代物だったし、つばの広い帽子も同じく紙粘土製だった。

こんなものはそこいらに市販されていないし先生たちにも誉められた。

 

マントは多分に大ぶりの風呂敷かなにかだったように思うが、肝心の矢を受けるシーンも練習のかいがあって本番でも巧くいった。

しばらくの間、僕はクラスで「ゲスラー松田」と呼ばれていた。

 

 

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