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野犬ブラッキー

西日の当たる6畳一間のアパートに家族5人が暮らしていた時代、

いつの頃からか毎日夕刻になると一匹の犬が立ち寄るようになった。

真っ黒いメスの中型犬で雑種だったに違いない。

 

父が勝手にブラッキーと名をつけた。

泥棒など入るはずもない一室だから、寝るとき以外は鍵などかけなかったし夏には風通しをよくしようと玄関のドアは開けていた。

 

ブラッキーは音も立てず、吠え声もあげずに狭い玄関のタタキに座り込み、顎を畳のへりへ乗せた姿勢で待つのが習慣になった。

母がなんらかの食べ物を小さな鍋に入れて与えていたからだ。

とはいえ僕らの食事だってろくなものではなかったからブラッキーに渡るのは冷や飯の残りに薄めた味噌汁をぶっかけたものだった。

ときには魚の骨なども乗っていたように思う。

 

母は鍋と一緒に瀬戸物の容器に水を入れて鍋の橫においた。

ブラッキーはときに尻尾をゆっくりと振りながら鍋を綺麗にし、水を飲んで音も立てずに帰って行った。

そのブラッキーがある日、子犬を連れて来た。

何匹だったのか、僕は覚えていないが母はいささか慌てていた、

というより嬉しそうだった。

 

母は「いつより多いからゆっくり食べてね」と鍋を玄関に置いた。

しばらくすると母のしゃくり上げる声に僕は振り向いた。

いつものブラッキーなら鍋に飛びついて食べるのに、子犬が食べ終わるまで待っているという。

その後どのくらいの間ブラッキーは我が家を訪れていたのかは記憶がない。

 

ある日、父がどこで呑んだのか赤い顔して遅くに帰って来た。

小さな折り詰めの寿司をぶら下げていたが、いつもと様子が違っていた。

玄関から上がり、スーツを脱ぎながら「ブラッキーに助けられたよ」といった。

 

アパートの近所までほろ酔い気分で歩いて来たとき数匹の野犬に囲まれたという。

さすがに中型、大型犬数匹にそれも夜中に囲まれればいい気分ではない。

野犬たちも父を襲おうと出てきたのではなく、たぶん折り詰めの臭いに集まってきたに違いない。

父も仕方がないので折り詰めを地べたに置き、この場を離れようかと覚悟したとき、

どこからともなくあのブラッキーが現れ、父のズボンの臭いを嗅いで座り込んだらしい。

 

周りの犬たちはそれを合図にしたように静かに去っていったという。

「助かったよ!」

その話しを聞き、僕は将来絶対犬を飼おうと決心した。

 

 

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