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線路は遊び場

生まれ育ったアパートは東十条駅が間近に見える崖上にあった。

子供だったから視力もよかったし、空気も澄んでいたのかも知れないが、崖上から見ていると電車から降りて橋を渡ってくる父の姿が分かったほどだ。

アパートを降りればすぐ線路だったが、それに沿った水路には "ザリガニ" がたくさんいた。

 

アパートの一室で電車の音などほとんど聞こえた記憶はないが、たぶん慣れてしまったのだろう。

いまでも電車の音は車の音などとは違ってまったくといってよいほど気にならない。

しかしまれではあったがいまでも思い出す嫌な音がある。

「ギ〜ッキュルキュルキュルガガガガ...」

何とも文字に出来ないこの世の終わりに鳴り響くような音が聞こえるときがあった。

 

大人たちは「自殺だね」といってアパートのエントランスに出てくる者もいた。

あの音は列車の急ブレーキの音だったのだ。

そんなことがあったのも忘れて翌日午前中に線路脇に遊びに行けば、数本向こうの線路脇にムシロがかかっていた。

 

線路縁には防護柵など一切なかったから僕らは線路も遊び場のひとつだったのだ。

脇を通る大人たちも、線路で遊んでいる僕たちを叱ったりせず、

「電車に注意するんだよ」

というだけだった。

 

いまでは大事だが、僕たちは線路上に耳を当てて、電車があと何分ほどで来るかを言い当てたりした。

あるいは五寸釘を線路上に置き、電車が通過するとペッタンコに潰れた釘をヤスリで研ぎ、ナイフを作ったりもした。

電車が通過するときも僕たちは脇に待避し電車が通り過ぎるのを待っていた。

それに電車の運転席に手を振ると、手を振り替えしてくれるのが嬉しくて嬉々として遊んでいた。

 

気がつけば夕闇が迫り、さきほどまで僕たちの周りに群れていた雀の姿もいなくなっている。

僕たちはふと我に返ったかのような顔になって自宅に駆け戻った。

 

 

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