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福引き

僕が物心ついてからこの方、親に連れられてどこかに旅行へ行ったという思い出は皆無だ。

その日、その日を食っていくだけで大変な時代であり、時間的にも金銭的にも余裕がなかったのだ。

うっすらと記憶に残っているのは日本最初のカラー長編アニメ「白蛇伝」を誰かに連れられ映画館に行ったことくらいか...。

 

とにかく両親ともに東京生まれだったから田舎もなく、夏休みになっても行くところがなかった。

そんなイベントがほとんどない我が家にとって、12月も押し迫る頃に両親と兄妹三人で近所の大山商店街へ買い物にいくことは特別のことだった。

ほとんどが日曜日、それも夕食前の時間に出かけることが多かった。

 

目的は私と弟、そして妹三人の衣服を揃えることだった。新年にあたらしいセーター、新しいズボンのひとつでも買ってあげたいとする両親の気持ちだったのだ。

だから、商店街で向かう先は子供服が売っている店だけだった。

長男の僕は父母が金銭的苦労をしていることを薄々知っていたから我が儘は言わなかった。

 

母が「ジュン、これなんか似合うよ」といえばよほど変な柄でなければ喜んだ。

しかし弟は「おまえは正札の高いものを探すねぇ」と苦笑されていたほど拘りを持っていた。

商店街はクリスマスの前後だったり、新年の松飾りが早くも飾ってあったりと華やかだったし、家族5人で外出する機会は他になかったから僕はとても嬉しかった。

 

父の姿の記憶はほとんどないが、その時間帯はまだ酒も入っていなかったし、満足とはいえないまでもボーナスが入ったのだろう、機嫌がよかった。

5人それぞれがセーターやズボンなどを買って貰い、その包装を抱きながら照明が点いた商店街を歩いた。

ただし父母の衣料品は買った記憶がないから子供のためだけの買い物だったのだろう。

 

この買い物最後の楽しみは商店街の福引きだった。

安物とはいえ子供3人分のあれこれを買ったわけだから年末の福引きは毎年10本以上は引けたはずだ。

楽しみではあったが責任重大でもあった。

なぜなら「ジュンはくじ運が強いからおまえやれ」といつも言われるからだ。

なぜに僕がくじ運が強いのか、本人にも記憶がない。

 

ただし特別なその日、僕は何等だったか紳士用のワイシャツを当てた。

僕の頭を撫でながら、父は「おっ、俺のシャツか?」と叫んだ。

ショーウィンドウの明かりが父の嬉しそうな表情を照らしていた。

 

 

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