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絵画の神髄

中学の時、得意科目は美術だった。区選で特選を取ったこともあったが、普段から勉強ができる秀才たちとくらべて目立たない中学生であることに代わりはなかった。

その中学時代の授業風景など、1つのシーンを除いてまったく覚えていないことがいかに面白くない毎日だったことを証明しているように思える。

 

その1つだけ鮮明に覚えているのは無論美術の時間だった。

美術の先生は羽鳥先生といって頭がはげ上がっている中年の人だったが、

もしかしたら記憶よりずっと若かったのかも知れない。

 

この羽鳥先生は少なからず僕に目をかけてくれた。

僕と2つ違いの弟は小学校時代から高校を卒業するまでそのほとんどを"オール5" で通した嫌な奴だったが(笑)、ある日その弟が学校から帰ったときにいった。

「羽鳥先生にいわれた。絵だけは兄貴に敵わないなと...」

それを聞いて感じやすい中学生がどれほど発憤したか、わかってもらえるだろうか。

 

ある日の美術の時間は、確か向き合った友達同士の顔を水彩で描くというテーマだった。

いわゆる肖像画も名画の模写を含めて随分と描いていたし得意分野だと思っていた。

心のどこかで「僕の絵はなかなかだ」と思いながら描いていたのかもしれない。

 

羽鳥先生が皆の周りを歩きつつ、僕の橫で止まった。

先生はひとこと「筆を貸してみろ」といった。

僕が渡した筆を持ち、片手でパレットに濃い茶色の絵の具を溶いて完成間際だと自負していた顔に塗りたくった。

「あっ」と思わず声がでた。

 

せっかくの絵が、そんな茶色で塗りたくられてしまっては台無しになると思ったからだ。

羽鳥先生の腕に遮られ、どんな結果になったのかは分からなかったが先生は一言も喋らず、何ごとも無かったかのように筆を置き教壇に向かった。

 

その肖像画に目を落とした僕はもの凄い衝撃を受けた。

メチャクチャになっただろうと覚悟した友達の顔が、生き生きと立体的になっていた。

僕は教壇からこちらを見ている羽鳥先生に顔を向けた。

先生は頷くだけだったが、無言で絵の神髄を教えてくれたのだ。

 

 

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