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嫁入り道具

僕たち5人家族が住んでいた6畳一間の部屋は西日が当たる部屋だった。

普段は明るくてよいが真夏になるとカーテンをひいても室温はかなり高くなった。

勿論エアコンがある時代ではない...。

 

それは妹が生まれて一年ほどたったときのことだった。

妹がぐったりして食欲もなく少し熱も出ていたように思う。

早速母は馴染みの医者に往診を頼んだ。

父もその場にいたのでたぶん日曜日だったのかも知れない。

 

医者が妹の脈を測ったりする間、母は医者と妹に向け団扇で風を送っていた。

診察が終わり、医者が帰り支度をしながらいった。

「熱中症でしょうな...」

小声でいいながら医者は父の方へ向き直り、

「扇風機がないと幼児にこの部にはきついでしょう」といった。

 

我が家には扇風機すらなかったのだ。

医者も我々の懐具合をよく知っていたからか、言いにくそうだった。

それを聞いた父の表情も困惑していた。

 

医者が帰り、早い夕食が終わった後で父は私を呼んだ。

「ジュン、一緒においで」

何ごとかとシャツ一枚姿の父の後を追いすでに暗くなった外に飛び出した。

父が向かったのは東十条駅の向こう側にある商店街の電気屋さんだった。

 

どう金を工面したのか、子供の僕にはわからなかったが小ぶりの扇風機の箱をかついで僕たちは帰宅した。

後から母に聞いたところによれば、数年前に電灯の取り付け方などに詳しかった父はそこで一時期仕事をもらっていたことがあったらしい。

手持ちの金もなくいまのようにクレジットカードがある時代ではなかったから、電気屋に頭を下げ後払いで承諾してもらったのかも知れない。

 

毎年、夏が終わると父はその扇風機に油を注すなどメンテナンスを忘れなかった。ためにその後に新製品の扇風機を買った後も問題なく働き続けてくれた。

そうしたエピソードを知った妹は結婚したとき、嫁入り道具のひとつとしてその扇風機を持って行った。

 

 

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