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ソロバン

僕が最初に勤務した大手企業は当時まだコンピュータが導入されていなかった。

確か入社後4年ほどたって初めて富士通の大型コンピュータが地下室の一郭に鎮座したはずだ。

したがってコンピュータ導入前は勿論のこと、テスト運用中の約1年間はコンピュータとは無縁の日常を送らなければならなかった。

 

ということで日々の計算はソロバンが頼りだった。

なぜならまだ電卓は一人一台まで普及していなかったし、各部署に数台あったところで故障が相次ぎ頼りにならなかったのだ。

また電卓だから正確である保証はない。

元資料の数値を間違いなく入力できるとは限らず当然間違いもありうる。

だから僕らは電卓で計算した結果も複数の人間がソロバンで検算した。

 

日常でもそんな具合だから、これが決算期となれば僕のソロバン検定三級程度の腕前もあてにされるようになる。

しかしスピードは神業にはほど遠い。

そもそもが正確さ第一の仕事だからして速ければよいというものではない。

とはいっても決算期は特にそれぞれの計算の締切日が厳しく決められていたからそれこそ残業も余儀なくされた。

 

そんなとき、普段はまったく目立たない木訥とした好人物が俄然注目を浴びた。

その男は僕と同期の男だったが、ソロバンの腕が "級" のレベルではなく "段" を持っていたからだ。

なにしろ会社の決算数字といえば、当時でも8桁は普通だったが、彼は本社の中でその8桁や9桁の数字を超スピードで暗算できるただひとりのスーパーマンだったのだ。

 

そのスピードはソロバン一級の人が算盤を操作するスピードの何倍も早かった...というより見ているだけといった感じだった。

彼はソロバンすら使わず、渡された計算書類にスケールを置き、それをす〜とずらしていくだけで何十行もの加減算をたちどころに計算する能力を持っていた。

当然現在のように表計算ソフトがあるわけではないから彼の能力は引っ張りだこだった。

無論肝心の計算結果は間違えるということはまずなく精度も抜群だった。

それは我々にはまさしく超能力としか思えなかった。

 

彼は後に実家のある山形に戻り算盤教室をはじめたという。

 

 

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