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振り上げた手

僕はこれまで殴り合いの喧嘩というものをしたことがない。

しかし、一度だけ切れたことがある。

 

どんなことが原因だったかはすでに忘却の彼方だが、

自分で言うのも変だけど僕が切れたのだからそれなりの理由があったに違いない。

僕の思いが間違っていたにせよだ。

 

それは確か高校生のときだった。

まずいことに僕が切れた相手は母だったのである。

 

僕がいまだに覚えていること、

それは僕が左手で母の胸ぐらを掴んで吊り上げ、右手を振り上げたという事実だった。

要は殴ろうとしたのだ。

 

小柄で痩せていた母だったが、意外に重いと感じた。

そしてこれまた意外だったが、母は顔を背けるとか目を瞑ったりはしなかった。

強い意志を持った視線でかつ無言で僕の顔を見上げていた。

 

もし母が抵抗したり騒いだら僕は殴っていたかも知れない。

それまで見ないようにしていた目と目が合ったとき、僕の怒りは消えた。

なによりも母に手を上げた自分が嫌になった。

 

深呼吸しながら僕は母から手を離したとき、母はこれまた意外なことをいった。

「さあお八つでも食べようかね」と、何ごともなかったように呟いた。

 

男の子供は自分の母親という存在はどこまでも母親でありひとりの女であるという意識はないものだ。

しかし僕はその時、これは...この人にはかなわないなと思った。

そして母は、僕の母親はこれまで考えたこともなかったが強い女性であることを思い知らされた。

 

僕は二度と母に手を上げることはなかった。

 

 

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