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キャバレー通いと上司

僕が最初に勤務した東証一部上場メーカーで配属された部署は原材料の仕入管理部門だった。

勤務し始めて数ヶ月経った頃、就業時間が終わったことを知らせるチャイムが鳴ったとき、当時係長だった上司から「これから付き合え」と声をかけられた。

「どこへですか」と聞いた僕に係長は「飲みに行くんだ」という。

 

僕は酒が飲めないと断ったが、係長は飲めないなら飲まなくても良い。社会勉強だから一緒に来いという。

その上いきなり「自宅の電話番号を教えてくれ」というので口頭でいうと、なんということかそのまま僕の自宅に電話した。

その頃はまだ僕は親元にいたのだ。したがって電話口に出たのは母だった。

係長は「息子さんをキャバレーに連れて行きますので帰宅は遅くなりますがご心配されませんように」といった意味のことを母に話した。

母がどのような受け答えをしたのか、後で聞いたところ「よろしくお願いします」といったらしい。

 

こうして僕のキャバレー通いが始まった。

場所は浅草にあったグランドキャバレーで文字通り劇場内のような巨大な店だった。

僕には見る物聞く物すべてが初体験であり、女性が隣に座る店などこれまた初めてだった。

 

しかし戸惑ったのは1か月に1,2度通うというのであればともかく、月曜から金曜日までの5日間ぶっ続けでキャバレー通いというときもあったことだが正直僕には楽しめなかった。

ひとつには酒が苦手だったこと。

ふたつめには会社の上司の奢りで通っているわけで、羽目などはずせるわけはなかったこと。

みっつめは席に呼ぶ女性たちは係長の馴染みの女性たちであり、どうみてもかなりの年上であり、ワクワクする対象ではなかったからである。

 

係長は女性たちに札びらを切り、帰るときには僕たちに安くはない寿司の折り詰めを「ご家族に」と持たせてくれた。

さらにすでに最終電車には間に合わないからとタクシー代を握らせてくれるのが恒例だった。

贅沢なもので当初、普段食べられない上寿司だから翌朝になり少し堅くなっても家族は喜んだ。しかしそれが毎日、毎回と重なると見向きもしなくなった。もったいないが生ものを保存できるはずもなく結局そのまま捨てることが多くなる。

 

僕は一計を案じ、帰りに利用するタクシーの運転手さんに「これもらい物だけどよかったらどうぞ」と渡すことが多くなった。

同行した同僚とは「ありゃあもったいないよな、キャバレー代現金で貰えればいいのに」などと罰当たりのことを言うようにもなった。

ただし疑問は当然のことながら係長の懐具合だった。

世間知らずの僕たちにも毎晩何十万も使う金の出所の推測を話し合ったりしたものだが、係長はしばらく前に父親が亡くなり遺産が入ったこと。それに自宅のとなりにアパートがありかなりの家賃収入があるというふれこみだった。

 

これらは確かにその通りで真実だったらしい。

問題は僕がその会社を辞めて三年ほど経ったころのことだ。

元の会社の常務取締役というお偉いさんから電話が入った。無論在職中は話しもしたことのない雲の上の存在の人だった。

聞けば「あなたが在職中、○○課の××課長と親しかったと聞き、何としてもお聞きしたいことがある」ということで「お手数をかけるが来社して欲しい」との依頼だった。

 

懐かしい大会社のエントランスをくぐり、受付で常務の名を出すと早速「こちらへどうぞ」と一室に案内された。

そこで聞いた話しは驚きの内容だった。係長はすでに課長に昇進していたが、直近の会計監査で不正が発覚し10年間で数億円の業務上横領が表沙汰になったという。

 

私への尋問はすでに外部の人間だから丁寧なものだったが、当該部課の人たちには厳しい査察があったらしい。そして当の課長は外出先で発覚を知り自殺を企てたが失敗し病院へ搬送されたと説明を受けた。要は親しかった人たちに彼の金の使い方や挙動不審な点を質問して回っていたというわけ...。

無論僕には隠すことはなかったし、接点はキャバレー通いにつきたからその際の振る舞いを記憶しているかぎり克明に話した。それに仕事的には非常に熱心だったし僕たち部下にも優しかったことも付け加えた。

まあ僕たちぺいぺいからすれば、なぜ10年もの間不正が見抜けなかったのか、そのことこそ問われることだと思えた。

会社の努力の結果?問題は新聞沙汰にもならずに済んだようだがその数年後、当の課長は亡くなられたという。

 

結局僕らのキャバレー通いは業務上横領の金で成り立っていたことになる。

確かに連れられていった僕らにとって楽しめる場所ではなかったが、世間というもの、女性という摩訶不思議な人たちの姿を僅かながらでも勉強できたことは確かであり、いまでは貴重な体験をさせてもらったと思っている。

 

 

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