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鍋物のジンクス

僕は三人兄弟の長男だが、小学5年の一学期までは西日の当たる6畳一間のアパートで家族5人が暮らしていた。

僕らだけではなかったが、実に貧しい時代だった。

幸い両親のおかげでひもじい思いはしなかったが、母の作る食事は子供心に飽きていた。

 

毎日ぎりぎりの生活が続いていたものの、父の給料日の翌日などはさすがに普段とは違った夕食が出た。

特に冬場にはしゃぶしゃぶやすき焼きといった鍋物が特別といった感じで食卓に並んだ。

特にすき焼きは父の好物だったし僕たちも普段味わえないご馳走に映った。

無論すき焼きといっても牛肉ではなく豚肉だったが、割りしたから作る父の味は格別だった。

 

したがって我が家の普段の夕食は父の帰りを待つのが定法だった。

ただし20時になっても帰らないときには先に食べることにしていたが、鍋物のときには父が遅くなるというジンクスが出来ていく。

仕事で残業というよりきっと仲間とどこかで一杯やっているというのが本当のところだったに違いないが、父はそれも仕事のうちだといっていた。

 

携帯電話は勿論のこと、自宅に固定電話すらない時代だから、遅くなることを知らせる手段もなかったから、お腹を空かせた僕たちはただただ待つしかなかった。

20時が過ぎたころ、母は「せっかくすき焼きを用意したのにねぇ」といいながら「さあ、食べましょう」と4人で小さな丸い食卓を囲んだ。

 

すき焼き、湯豆腐、しゃぶしゃぶ、水炊きなどめったに出ないメニューだが、僕は次第に鍋物が嫌いになっていった。

こうした鍋物の夕食に限って父はへべれけに酔って遅くに帰ることが多かっただけでなく、鍋の食材を僕たちに取り分けてくれる母が寂しそうに見えたからだ。

鍋にしなければ父は早く帰ってくるのではないか、僕はそう思ったから「今日はすき焼きにしようか」という母の背中を見るのが辛かった。

 

 

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