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僕が酒を飲まないわけ

父は大酒飲みだった。僕の記憶では定年で仕事をやめるまで酒はよく飲んだ。

休みの日でも、早めに帰宅した時でも風邪を引いて寝てるときでも晩酌はかかさなかったし父用のメニューは酒の肴と称して必ず一品多かった。

勿論おかずの内容も違うことが多かった。量ではなく質が違った。

例えば僕たちがコロッケや鯨カツのとき、父だけはトンカツだった。

ちなみに当時は鯨カツが一番安かったのだ。

 

それにお銚子が2本並んでいたが、子供心に嫌だったのは酒をゆっくり飲んでから食事をするので時間がかかることだ。

6畳一間の部屋だから、食事が終わっても僕らはそこにいるしかすべはなかった。

それでも楽しい酒の場合はまだよいが、面白くないことがあるのか母や僕たちに酒の勢いで愚痴をいったり怒鳴ったりすることもあった。

酒癖が悪いというほどではなかったが、酒でも飲まなきゃやってられないというのが口癖だった。

だから酒を飲んでくだを巻いている父が嫌いだった。

酔った父よりももっと酒がきらいだった。

お酒がこの世に無ければ父は誠実な紳士なはずだ...と思った。

 

ある日のこと、夕食を父抜きで終えた後、いくらなんでもそろそろ帰ってくるだろうと僕はアパートの玄関へ迎えに出た。

崖下には京浜東北線の東十条駅があり、昼間なら裸眼でも電車から降りる人たちの姿が見えたものだ。

それでもあたりはすでに真っ暗だから駅から続く橋の上を歩いてくる人たちを眺めていたもののさすがに父と思える姿は見えなかった。

 

どのくらい経ったのか、崖下からアパートに続く狭い坂道から「ざわっ」と音がした。

僕は「お父さん」に違いないと思った。

そう思って目をこらして待った。

待った僕は目を疑った。

見なければよかったと思った。

 

父は泥酔し歩けなかったのか、赤土の坂道をスーツ姿にネクタイを緩め、四つん這いになって登ってきたのだった。

不思議だったのは土産と称して持っていた箱入りの生卵が1個も割れていなかったことだ。

その泥だらけの情けない姿を見た小学生の僕は、

「大人になっても酒飲みにはならないぞ」と誓った。

 

 

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