External links

選挙と親友

選挙真っ盛りのこうした時期になるとひとつの思い出が宿ってくる。

結婚して丸3年経ったとき、機会があり埼玉のとある場所に新築されたマンションの一室を買うことになった。

引越の当日、引越業者により荷物が運び込まれたとき、同じ埼玉に住んでいる親友から夕食の招待を受けた。

引越当日でこれから支度するのも大変だろうから、このまま俺と来いという誘いだった。

 

ありがたく、女房と一緒に彼の車に乗り一軒の高級そうな料亭に入った。

予約は入れてあったはずだが、まずは控えの間といった部屋に誘われ、茶が出された。

私がまだ32歳のときだったが、一介のサラリーマンがこのような高級料亭などの経験があるはずもなく、ただただ萎縮していたことを思い出す。

正直、そこで確か鰻の蒲焼きを食したことを覚えているが、それは重やどんぶりの上に乗ってくるような一般的なものではなかったと記憶している。

 

親友は高校の同級生だったから、彼だってそんなに羽振りがよいはずもないが、実は議員秘書だったこともあり、普通では考えられない付き合いや処遇を受けていたようで、後から考えれば我々はそのお零れに預かったということか。

夏休みのある日、支援者に借りたということで軽井沢の別荘に招待されたこともあった。

「マンションまで迎えに行くけどキャデラックとベンツとどっちが良いか」という質問をされたことも忘れられない。

私は「ベンツよりキャデラックの方が乗る機会はないと思うからキャデラックがいいな」と答えた。

 

当日の朝、指定の時間にクラクションの音がしたので出でみると本当にキャデラックが止まっていた。

我々は彼の運転で軽井沢の別荘まで向かった。

 

選挙が始まると夜遅く、必ずといってよいほど毎晩我が家を訪れた。

夜の11時頃だった。

丁度その時代、私はパソコンに夢中になり、表計算ソフトやらを勉強し始めた時だった。

秘書として地元における選挙活動が具体的にどのようなものであるかは知らないが、見るからに激務であることは感じた。

「ちょっとさ、悪いが珈琲でも飲ませてくれるかな」

そういっては我が家を訪れるようになった。

私はといえば10時、11時は宵の口で、寝るのは午前2時くらいになることもしばしばだったから彼が来ない夜は物足りない感じがするほどだった。

 

新しいことへの興味も強く、私が向かっていた表計算ソフトを見て、選挙予測に使えないものか…と言い始めた。

当確ラインを決め、どの地域の票をどれほど獲得すれば当選ラインに迫ることが出来るのか、まだ勉強し始めたばかりのマルチプランをああだこうだと試行錯誤の上で組立、彼が「これなら使える」というレベルのものまでに作り上げた。

その選挙で彼のボスは衆議院議員となり、彼は第二秘書としてこれまた壮絶な日々を送ることになった。

それから数年後、彼は若くして死んだ…。

医者は過労死だといったそうだ。

 

選挙の度に宣伝カーの声を聞くと「ピンポーン」と玄関のチャイムを鳴らし「悪いなあ、珈琲を飲ませてくれないか」と笑顔を見せた彼の姿を思い出す…。

 

 

 

・記載の製品名、企業名などはそれぞれ各社の登録商標または商標です。
・記載する情報の正確さならびに安全性について、当サイトは保証いたしません。
・特に明記のない場合の転載はご自由ですが、出所出典および当サイトのURLを明記してください。

© 2003 - 2017 Macテクノロジー研究所