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プロローグ その1

Macintosh専門のソフトウェア開発会社として私が1989年に設立した株式会社コーシングラフィックシステムズを解散してから早くも12年が過ぎた。本サイトをご覧下さっているMacユーザーの中には同社の名やその製品などを懐かしく思ってくださる方も少なからずいらっしゃると思うし、同時に当事者の私自身の記憶が確かなうちに何らかの記録を残しておきたいと考え不定期となるが会社の生い立ちを「実録:ソフトハウス物語」として紹介していきたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本編は当該「Macテクノロジー研究所」サイトのオープン記念といった目論見もあるが、正直いまだにこうした公開をすることに少なからず躊躇もある。それは途中で挫折したことからご推察いただけるとおり誇れることばかりではないからだが、これから起業して新しい世界でチャレンジしてみようという若い方々にも何らかのヒント…それはマイナス面のヒントのひとつでも得ていただけるのなら望外の喜びである。

 

会社を解散後、私は「いつまでもコーシンの松田といわれるのではなく新しい出発をしなければ...」と考えてきたが、逆に会社を離れて初めて自分の会社の存在の大きさに気がついた感もする。そして正直、解散に至る数年は自分の蒔いた種ではあるものの実に辛かったが、この2,3年コーシングラフィックシステムズという小さな...大変小さな会社ではあったが、あれは紛れもない自分の会社だったという実感が遅ればせながら大きくなってきたし、時代の最先端を走り抜けた10数年間を誇りに思えるようになってきた。

 

コーシングラフィックシステムズという小さな会社...組織はAppleのように世界を変えることはできなかったが少なくとも私の人生を大きく変えることには貢献した(笑)。

コーシングラフィックシステムズは途中で頓挫し消滅した会社だが、私自身にとっては意識無意識にかかわらず、そして良し悪しも含めてその生きざまは現在も続いている。

 

コーシングラフィックシステムズは宇宙をへこますほどの力はなかったが足かけ14年間、本当にMacintosh好きな日本のユーザーに夢を見続けさせた。そして後年の話になるが我が社の開発したアプリケーション「キューティマスコットJr.」が1999年5月、米国Apple Computer社主催のWWDC(世界開発者会議)において我が国初のApple Design Award/最優秀技術賞を受賞したが、その後AppleやiOSは考えられないほどメジャーになり以前とは比較にならない多くのアプリケーションが登場しているが私たちの後、我が国で同賞を得た企業はいまだ出ていない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでブログには断片的に会社に関連したあれこれをご紹介してきたが、実は以前から「実録~コーシングラフィックシステムズ」という類の話をきちんと残したいと考えてきた。

勿論これまでにもMac Fan誌の「もうひとつのMacintosh物語」(2003年3月1日号)などで会社の成り立ちを紹介していただいたことはあったが、そうした記事は良くも悪くも表面的で差し障りがないことだけしか明言していない。だからもし、まとまったお話しができるのであれば電子書籍化も考えてみたいと思っている。本編はその覚書みたいなものと考えていただければ結構だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は数年前、一度ある出版社からそうした書籍刊行の話しをいただいたがその時には迷った末にお断りしたことがある。なぜならこの類の話しは当然のことながら楽しい話しばかりではなく、それも”実録” に相応しくありのままに書くなら、時には人間関係の葛藤は勿論、登場する個人や企業の関係者が見たら気を悪くするであろう場面も多々あり得るからだ。

 

「事実は小説より奇なり」の例え通り、超マイクロ企業だったコーシングラフィックシステムズにしても足かけ14年も仕事をしていれば企業秘密もあれば公言しづらいあれこれだって多々存在するのである。それに私だって出来ることなら恨まれたり嫌われたくはない…(笑)。また過去となったとはいえ自身の会社の恥の部分を曝すのも気分の良いことではないしどのような結果であってもその責任は会社全体の責任に違いないし、法的に言うならそれらの責めは社長だった私自身は勿論、取締役たちに帰せられる...。

 

無論ご紹介する内容が実録・実話としてもそれはあくまで私の視点から回想するものだ。作り話や嘘を申し上げるつもりもないし1のことを10にしてお話しするつもりもない。そして一応多くの場合には実名を避けるつもりだが多分に登場する人たちの幾人かにとって気持ちの良い話題ばかりではないと思うし、その行きかがりが事実であっても時に彼ら彼女らを傷つけることになるだろう…。

 

十数年同じ釜の飯を食ってきたとしても人は悲しいかな時間の経過ならびに立場立場で考え方は豹変する…。

会社に限らず、世の中…自分に都合が良いときには人は声もかけないのに籾手同然に集まって来るものだが、一度歯車がかみ合わなくなると信頼関係どころかこれまでの経緯などなかったかのように足早に離れていく。

事実私の会社が消滅する最後まで後ろ向きの辛い残務処理にあたってくれたのはかつて札幌支店で新卒として採用した二人の女性スタッフだけであった。

 

あのスティーブ・ジョブズは「諦めないことだ」という主旨の発言を多々しているが、ビジネスに限ってもそれは米国と日本での法律や社会的条件が大きく違うことでもあり、日本では諦めざるを得ない場合も多々あり得るのだ。

例えばいま一部で見直しが検討され始めているものの、日本で起業するとその多くの場合、代表取締役は取引銀行に個人保証(連帯保証人)をしなければならない。これは新しいことにチャレンジする際に最も大きな障壁となる。日本でベンチャーが育たない一番の弊害となっている問題だ。

 

この問答無用に銀行などから押しつけられる約定はもし企業が倒産や解散となればその銀行に対する負債はすべて代表取締役だった個人が負わなければならない…。私自身も埼玉県川口市にあった自宅マンションと札幌星置のマンションを失った。したがって欧米のように1度や2度の倒産に負けず、夢を諦めずに立ち直るということは非常に難しいという現実がある。無論これからはそうした銀行に依存しない起業...ビジネスが重要になってくるに違いない…。

ともあれ書けるところまでゆっくりとお話しを続けたいと考えているのでお付き合いいただければ幸いである。

 

 

会社のロゴ入り、特注ワインラベル
Apple Design Award/最優秀技術賞受賞トロフィー
MacFan誌 2003年3月1月号。「もうひとつのMacintosh」に会社の成り立ちが紹介された

MacFan誌 2003年3月1月号に連載された「もうひとつのMacintosh」に会社の成り立ちが紹介された

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