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起業前夜〜初めてのアメリカ旅行/SIGGRAPH '87 参加

その1987年、私は夏休みを利用して7月27日から31日の5日間、米国ロサンゼルス郊外のアナハイムで開催された世界的CGの祭典「SIGGRAPH」に参加し初めて米国のカルチャーを満喫した。当時はテレビコマーシャルなどにCG…すなわちコンピュータグラフィックスを使ったものが目立ちはじめた頃だった。しかし現在の視点から見ればまだまだ幼稚で窓際のカーテンをリアルになびかせることに苦労していた時代だった。

 

Macintoshはといえばまだモノクロの世界でしかなく、それらしいことを体感するにはNEC PC-9801でも使うしかなかったものの、それでも3Dアプリケーションとて思うような表現ができなかった。ただ無性に可能な限り最先端のCGを体験したかったが、まさか自宅にミニコンやらワークステーションを入れることができるはずもない。いろいろ調べているうちに興味あるニュースが入ってきた。それは東洋リンクスの代理店、北川情報機器という会社からPC-9801用のフレームバッファと専用ソフトウェアをパッケージにした “PERSONAL LINKS” という製品が販売されたことだった。国産唯一のプロフェッショナル向けCGシステムだったしそのデモを見たときの衝撃は忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

価格は確か150万円ほどだったが迷わず買うことにした。問題は使いこなすことができるかどうかにあったが、そのプログラミングは「楽譜を書くようにコードが書ける」といった謳い文句だったと記憶している。その当時私がどれほど本気だったかは150万円という大金をはたいたことではなく西武デパートのカルチャースクールに “PERSONAL LINKS” 講座がスタートするというので早速申し込んだことでも理解いただけるものと思う…。

 

「SIGGRAPH」に行くことになったのも実はこの講座がきっかけであり、前記の代理店がツアーを組むというのでこれまた迷わず申し込んだ。これがアメリカへの旅行初体験となりCGやコンピュータテクノロジーはもとよりだが、多くのカルチャーショックを体験する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事実「SIGGRAPH」は刺激的だった。当初は考えもしなかったAppleがブースを持っていたこともあって私の興奮度は最高潮となったがなによりもロサンゼルスの湿度の低い、そして抜けるような青空の下、こうした場所でもし仕事ができるなら最高だろうなあという思いを強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またホテルから会場までは歩いて行ける距離だったが、ある朝信号待ちをしていたときにシリコングラフィックス社の社長に声をかけられたり、余暇の時間を使って隣接のディズニーランドへ行ったりと楽しい思い出を重ねた。

 

展示場に並べられた各社ブースのマシンのほとんどはいわゆるパソコンではなくワークステーションだった。Appleはやっとその年の夏に初のカラー機種であるMacintosh IIを発表し、それを展示デモしていた。確かにワークステーション上で展開される高度なカラー3Dアニメーションらは魅力的だったが、私はいつの日かそれらがMacintoshで実現できる日が来ることを夢見ていた。

「SIGGRAPH」から帰国した翌月にはそのMacintosh IIが届くといった時期であり、パーソナルコンピュータが益々面白く感じ始めた時代だった。

 

仕事以前に私の周りはMacintosh関連のあれこれを主として魅力的な話しが次々に持ち込まれ始めたと同時に自身のメディアへの露出も多くなった。

話しは数年遡るが、1983年12月にはESD主催第三回Apple Festが後楽園展示場で開催され、私は個人の資格でブースを持たせていただく機会を得た。また1984年にはESDラボラトリーの季刊誌「アップルマガジン」の編集長を1年間勤めさせていただいたし10月にはApple II用としてプログラミングしたアダルトゲームが「月刊LOGIN誌」で入選を果たし商品化されもした。

 

そして1986年に日本で始めてのMacintosh専門誌「MACワールド日本語版」が発刊されたが、この「MACワールド日本語版」はその後紆余曲折があったものの「MACLIFE」の立ち上げの基礎となったことでMacのグラフィックスに関連する原稿依頼も多くなった。さらに同年7月にはいまでは伝説となった感がある「第一回アップル・コンベンション」が本郷の朝明館で開催され、私はコンピュータ・グラフィックスの分科会を担当することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は本格的な徹夜をするはめとなったが、気持ちは豊かだった。ただし広間に行くとキヤノン販売、アップルジャパンとイーエスディラボリトリの関係者が意図的に視線を合わさないという場面に遭遇してアップルの日本代理店がキヤノン販売に移ったその経緯を思い出し私はため息をついた…。

 

 

Personal LINKSのセット一式

Personal LINKSのセット一式

ロサンゼルス、SIGGRAPHの会場前の筆者

SIGGRAPHの会場前にて

SIGGRAPH '87 展示会場のAppleブース

SIGGRAPH '87 展示会場のAppleブース

1986年開催、アップル・コンベンションでCG分科会を担当

徹夜となったアップル・コンベンションでCG分科会を担当 (右端が筆者)

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