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仕事は向こうからやってきた!

資本金400万円で起業した本当に小さな小さな会社が、なぜに不安もなくスタートでき、かつ想定外のトラブルによる出費が生じたにもかかわらず無事に船出ができたのかについてあらためて振り返って見ると謙遜でなくラッキーだったの一言に尽きるように思われる。当時自分たちがその時間軸の中にいたにもかかわらず、猛烈に忙しい日々を過ごしていたこともあってしっかりと考えたこともなかったが、時代が背中を押してくれるということはこうしたことなのだとつくづく思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論我々の屋台骨は起業のきっかけ、原点となった広告代理店からの大型受注だった。約二千八百万円ほどの受注額は何分割かで支払ってもらったが、社長と副社長そして従業員ひとりのたった3人が有に1年半ほどそれだけでやっていける大金だった。

 

だからだろう...自分たちでいうのも烏滸がましいが、意欲的に仕事を探さなければならないという危機感はなかった。

1989年3月末に会社登記を済ませ、神田住吉町のマンションを借りたのが夏真っ盛りのころだったように記憶している。そして11月頃になってやっと3人が毎日事務所で顔を会わせることになった。

 

勿論その間、遊び回っていたわけではない。メインの画像データベース開発に関わり打ち合わせが多かったし、ある時などはホテルに泊まり込んで仕様や機能の可能性について論じ合ったりもした。その際には広告代理店側の人間と我々だけでなく、写真家、統計学の専門家などそれまでには出会う機会もなかった人たちと共通の目的について論じ合えたことでとても勉強になった。

 

すでに27年ほども昔の事だから記録として残っていることはともかく記憶はかなり曖昧で実際とは些か違っているかも知れないが、3人でひとつの場所で仕事を始めたのが秋口だったはずだ。そしてその年末から年明けにかけては細かな記憶が吹っ飛ぶほど忙しかった。その忙しさは仕事の量の問題ではなく、これまで体験したことのないあれこれが多々降りかかってきたからだ。

 

年が明けて1990年、我々は宣伝をするわけでもなかったし大手企業の子会社でもなかったから世間に知られるとは考えていなかった。そしてまた事実仕事を探し回ることもしなかった。しかし俄然目の前に大きな光が射し始めた...。

まずアップルジャパンからコンタクトがあり、すでにご紹介したように1990年5月のビジネスショーにアップルのブースに出店して欲しいとの依頼があった。それはコンシューマー市場、Mac環境では初めてのデジタルビデオシステム「VideoMagician」開発に成功したからだ。まだQuickTimeは影も形もなかった時代である。

 

奇異なことが続き、1990年の年明け早々1月29日にキヤノン販売と取引基本契約を締結する。その年の9月にはキヤノンと個別契約を取り交わしMac用アプリの開発を依託された。キヤノン販売はキヤノンの連結子会社だが、当時アップルの日本国内総代理店だったこともあってかキヤノン販売からのコンタクトは起業し本格稼働が始まった直後といった感じでとても早かった。共に日本を代表する大企業からのコンタクトに当時は何が何だかわからなかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これらの契約については契約書の現物があるので間違いないが、他にも多々あったように思う。とにかくどこの馬の骨かもわからない超マイクロ企業がいきなり表舞台に立たされたという感じで違和感を感じながらも充実した毎日を過ごしていた。

そうした大企業からの特注開発依頼が思いもかけずに多々舞い込み始めたが、少しずつ自社開発ソフトのパッケージ化も進んでいく。

 

まずはKが個人の資格で開発したカラースキャニングソフト「ColorMagician」を会社の所有物として販売店に契約変更をお願いする。現在もMacに期待する大きなことのひとつにグラフィックがあるがまだデジタルカメラが登場する以前でもあり、自然画像のデジタル化はイメージスキャナを活用するのが一番でありコストも安かったことからColorMagicianはよく売れた。

 

起業のきっかけとなった画像データベース開発が済んだら仕事はあるのだろうかと漠然とした不安もなかったわではないが、我々自身が思いもかけない方向に引っ張られ始めたという感覚だった。したがって幸い運転資金といった金の心配はしなくてよい時期でもあり会社の形態はもとより我々自身が自然に起業意識といったものに目覚めてきた時期でもあった。

 

そう、無類の忙しさではあったが1990年の4月にはMacworld Expoのためにサンフランシスコへ出向いたりもした。このMacworld Expo視察は年中行事となっていく。

 

 

 

事実上の営業開始から4ヶ月も経たないうちに1990年1月、キヤノン販売と取引基本契約を結ぶ。その年の9月にはキヤノンとも基本契約を締結

1990年、キヤノン販売が制作したカタログに私とKの顔写真およびColor Diffusionというカラーパレット編集ソフトウェアが詳しく紹介された

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