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札幌支店は採算が合わなかった!

コーシングラフィックシステムズも外見的には何とか会社らしくなってきた。第一、東京本社に札幌支店...とは些か格好がよいではないか(笑)。しかしこの札幌支店がビジネスとしての成果を上げ、理想的な役割を果たせたかといえば残念ながら問題は山積し綻びが多々目立つことが多かったのである。

 

これが本社に2人のプログラマが増えたのならことは単純である。仕事を行うスペースとマシン環境があればプログラミング能力では他の追従を許さない副社長が側にいるわけで、開発に際してのアドバイスなどを日々リアルタイムに行うことができるし、私を含め4人でいつでも打ち合わせが可能だ。そして私からの細かな指示もその場で直接彼らの顔を見ながらできるわけだが、当時の東京と札幌は実に遠かった...。

 

大きな問題としては現在のようにFaceTimeやSkypeなどを使ってお金をかけずに映像を含むコミュニケーションがとれる時代ではなかった。現実問題として緻密な情報交換はどちらかが出張すること以外一般電話を使うしか方法はなかったのである。しかしある種の打ち合わせや報告のための電話は5分や10分で済むことは少なく、東京と札幌間の電話料金は毎月驚くほど高額になっていく。

 

さらに仕事の進捗状況把握は勿論のことだが、仕事のモチベーションを高め本社との一体感を持ち続けてもらうため私は毎月最低1度は札幌へ出張することを自分の義務と課した。無論そのために時間的な確保はもとよりだが往復の交通費や宿泊費、そしてささやかではあるが皆と一緒に会食するための費用というのも必要になった。

 

対してシビアに成果面だけから見れば支店開設の翌年、1991年に札幌支店から生まれたパッケージソフトは開発がかなり遅れた縦書原稿用紙ワープロ「たまづさ」とハンディスキャナ用取り込み用ソフト「MonEsquisse」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに「たまづさ」は当時まだまだ日本語環境が弱いといわれ続けていたMacintoshに縦書きの...それも原稿用紙イメージの升目毎に1文字入力ができるという画期的な製品だったから大いに話題になり、アップルジャパンからアップルベストプロダクト賞をいただく結果になった。しかし予想はしていたものの販売面ではふるわず、とあるマックに特化したTVクイズ番組で超カルト問題として「たまづさ」が取り上げられたほど知られていなかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時のパッケージはパソコンショップの店頭にならべてもらって販売するという方法しかなかったため、相応のパッケージを作りデザインにも金をかけ商標登録をし、そして最小のロットでも1,000個は作らなければならなかったからその初期コストにはまともな予算が必要だったのである。

そうしたシビアな計算をするなら1年かけて作り上げた「たまづさ」最初のバージョンは残念ながら利益の対象にならなかった。しかしそのことは事前に十分承知していたことでもあったのだが...。

 

「いまさら原稿用紙のワープロなんて誰が使うのか?」といった意見もあったがソフトウェアメーカーとして当たり前のことだけをやっているのでは面白くもなんともない。

ともあれこの「たまづさ」開発に関してあらためて日本語処理の多様さと難しさを実感したことは勿論、原稿用紙の歴史やその由来といったことも勉強するに至ったが一般ユーザーとは別に、例えば小説家の水上勉さんなどプロフェッショナルたちや法律家の方々に喜ばれたのは嬉しかった。

 

水上勉さんは「季刊・本とコンピュータ」1999年春号「水上勉、パソコン生活を語る」の中で「たまづさ」に付言し、「...ずっと縦書き。コーシングラフィックシステムズという会社が出している『たまづさ』というソフトを使っています。もう旧い仲間です。」と言い、それぞれの仕事場用に3つ買って使っているとインタービューに答えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たまづさ」は1994年にバージョン2.0をリリースして完成形を見たが、特にバージョン1.0のリリースは予定より大幅に遅れバグフィックスにも苦労した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして当時私は意識的にプログラマ個人をマスメディアの前面に押し出すような作戦というか企画を実践していた。スティーブ・ジョブズがビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドなどのMacintosh開発陣を目立たせたと同じ手法だ。

 

とはいえそれは作戦でもあったが、人的リソースのない我々だからしてそうせざるを得なかったという事情もあった。事実Macworld Expo/Tokyoといった大規模のイベントでも、あるいは小規模なプライベートイベントにしても我々のブースに立って説明する担当者はほとんどが開発者自身だった。そして1991年から7年間、恒例となった札幌支店主催のプライベートイベント「Macintoshの匠たち」では文字通り3人のプログラマを「匠」と称してアピールすることまでやった...。

 

しかし多くの会社はイベントブースに立って商品説明をするのはコンパニオンだったり、あるいは営業系の人間だったりするのが一般的だったから「作り手自らが顧客の説明に答えるユニークな会社」と評判をとったのである。

ところでMacworld Expo/Tokyoの名が出たが、「たまづさ」というプロダクトがまがりなりにも利益を生み出したのはその後Expo/Tokyoでの展示をきっかけにコンタクトがあったフジテレビのニュース読み原稿システム「PEN」への特注カスタマイズ依頼が始まってからのことだった。

 

 

ハンディスキャナ用取り込み用ソフト「MonEsquisse」

縦書原稿用紙ワープロ「たまづさ」のサンプル画面

季刊「本とコンピュータ」1999年春号表紙

季刊「本とコンピュータ」の特集で作家の水上勉氏のインタビューが。そこで氏がたまづさで原稿書きをされていることを証言している

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