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1991年は自席が温まる間がなかった

Macworld Expo/Tokyoの他にも1991年は大小様々な出来事が目白押しとなった。一番の仕事は無論ソフトウェア開発だ。ひとつはキヤノンなどから依頼された特注開発をこなす中で我々独自のカラーを出すべくオリジナルなパッケージソフトを企画していくが仕様やコンセプトが固まったとは言えそれらをひとつひとつビジネスに乗せるのは至難の業だった。

 

自社開発のソフトウェア自体にしてもβバージョン完成後もバグ取りの努力は勿論、ユーザーインターフェースや機能の最終的な見直しはぎりぎりまで続けなければならない。そして適切な製品名を考え商標登録の手続き、ソフトの価値と機能を適切にユーザーへ伝えるためのサンプルデータの制作、デザイナーに依頼するパッケージデザインの決定、カタログ制作、マニュアルの執筆、流通業者への告知と営業といった一連の仕事のほとんどが私の肩にのしかかっていた…。

 

1991年という年は起業時が三段跳びに例えるならいわば助走の時代だったといえる。まだまだ知名度は低いし自己主張するための材料も少なかったが、カラースキャニングソフトの「ColorMagician」はもとより他に類の無かったデジタルビデオソフト「VideoMagician」をリリースできたことで画像・映像系のソフト開発に類を見ない会社として評価されはじめた時期だった。

 

いま分かる範囲で資料を紐解くと1991年は1月に札幌でポラリスというショップのオープンに際し3日間の展示と講演を依頼され雪が積もる中、熱い3日間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌2月は前回および前々回に記したMacworld Expo/Tokyoの開催で前後のスケジュールはてんやわんやの大騒ぎとなった。

その熱気がまだまだ後を引いていた4月17日から20日までの4日間、池袋のサンシャイン・コンベンションホールにおいて「CAIショウ '91」が開催された。

私はアップルコンピュータジャパンの依頼で同社ブースの一郭において教育利用を念頭に入れた「ミュゼ」というフルカラー画像データベースのプロトタイプ(正式な製品名は「グラン・ミュゼ」)、そしてソニーVBox対応版のVideoMagicianIIを展示する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうした活動をしながら文字通り寝る間を惜しむ形でさまざまな原稿書きもやっていた。4月にはアトリエ出版社から別冊アトリエNo.148「Macintoshグラフィックデザイン入門-クリエイターのための基礎知識」と題する雑誌が出版されたが、冒頭の「Macintoshグラフィックスの可能性」の執筆と共にスーパーバイザーとして1冊全体に目を通しアドバイスをさせていただいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じく「映像情報」という業界紙4月号特集「マルチメディアパソコン Macにみるイメージ処理の世界」にVideoMagicianの記事を寄稿する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月15日には当社の狭いプレゼンルーム兼応接室にテレビカメラや照明がところ狭しと入り込んだ。これはBNN社から発行されているMACLIFE誌のビデオ版「ビデオMacLife」の第一号取材のためだった。取材の対象はやはりVideoMagicianIのVboxバージョンと当時開発の最終段階に入っていた画像データベース「グラン・ミュゼ」だった。

 

その他少々先張ってご紹介すれば、7月26日に「第1回ビール付きオフラインミーティング」を開催した。これはパソコン通信ニフティの当社フォーラムで日常テキストだけで情報交換している有志にお集まりいただき、実際にお顔を見ながらひとときを過ごそうとする催事だったが確かこの初回は30名くらいのお馴染みさんたちが集まってくれたと記憶している。

 

また8月には札幌支店のY.KとM.Tを誘いボストンで開催されたMacworld Expoへ出張と相成ったし、帰国して早々8月27日(火)から29日(水)の3日間 「’91 OKIプリンタフェア」に出展し開発者のM.Tらが推敲型縦型原稿用紙ワープロ「たまづさ」をデモした。

 

催事としては9月17日と18日の2日間、番町グリーンパレスで「Macintoshのルネサンス〜明日のチャンスを確信するために」と題するプライベートショウを開催した。これは私の会社とスワイヤトランステック社との共同主催イベントだったが、他にフォーカルポイントコンピュータ、セイコー電子工業、ファクトリー、丸紅ハイテックコーポレーションらが参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも超マイクロ企業の我々だったにもかかわらず後援企業としてアップル、キヤノン、ソニーなど名だたる企業が協力して下さったことが当時の勢いを示していると思う。

当時はあたふたしていたからか有難味をあまり考えなかったが、バックグラウンドもない超マイクロ企業の催事にアップルジャパンはもとより、ソニーやキヤノン、そして沖電気工業といった大企業が後援企業として名を連ねていただいたのだから我ながら大したものだと思う(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば「Macintoshのルネサンス」という命名は当社ならではのMacintoshの近未来像を多角的に高察した結果、Macにとって今年から来年あたりは文字通り “ルネサンス時代” だと肌で感じた命名だった。しかし一部からは「少々大げさ…大風呂敷ではないか」という声も上がったので些か気後れもあった…。

 

しかし我々のプライベートイベントの翌月、10月2日に同年7月の合意に基づきアップルコンピュータとIBMそしてモトローラ三社が提携合意というニュースが飛び込んできた。そしてこの合意に際しアップルのジョン・スカリー会長はいみじくも「一連の合意は、まさにルネッサンスと呼ぶに値する出来事」とスピーチしたという話しを聞いて我々の先見の明の確かさを誉めてくださる人たちも多かった…。まあただの偶然だが(笑)。

 

 

 

1991年1月、札幌にオープンしたショップ「ポラリス」へ展示と講演に出向いた

Vboxはソニーが開発した8mmビデオ機器をMacで自由にコントロール可能にする機器

1991年4月出版の別冊アトリエNo.148「Macintoshグラフィックデザイン入門-クリエイターのための基礎知識」表紙

「映像情報」1991年4月号表紙

「Macintoshのルネサンス〜明日のチャンスを確信するために」のイベント会場の様子(上)とパーティー会場で挨拶する筆者(下)

イベントの受付案内のパネルには出展企業名と共に後援企業の名が...

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