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狭い事務所に夫婦がいるという不都合な真実

1991年は飛躍のための第1ステップのような一年だったが、新宿本社は経理専門の女性社員が増えて4人となったし札幌支店も事実上男性2人では気も回らないことも多いと支店長の縁故の女性が1991年7月に入社し3人となり、全社というのもおくがましいが合計7人となったのである。

 

私達の会社にとって1991年は様々な転機となった年だったが、ひとつの事件が起こった…。まあ事件とは大げさだし本来は大変お目出度いことなのだが。それは副社長のKと社員のY.Mが結婚することになったのだ。

ある日、Kからその旨の話があったとき私は正直ホッとしたのだった…。いや本音を言えばそもそも起業時に心配したことのひとつが私の杞憂に終わったと素直に喜んだのだった。

 

どういうことかといえば、社員のY.Mは私が勤務していた元の職場から誘った女性である。日常英会話には不自由しないという触れ込みだったし、私の気質も知っていたはずだし開発と営業以外の仕事を任せられる人物だと考えたからに他ならない。ただしカナダにホームスティしていたとかで、良くも悪くも言いたいことを口にするタイプの人間だった。為に本人は気づいていなかったと思うが、会社に出入りする方たちの幾人には不快な思いをさせたこともあったし、朝の出社時に数分の遅刻をすることが多いという責任感満々の割にはたがが外れている行動も目立った…。

 

対してKは芯は強いが物静かでシャイな男だ。それまで長いサラリーマン生活の中で様々な人的トラブルを経験してきた私だからしてこの2人が会社存続を揺るがすような問題の火種になることを憂慮したのだった。

正直KとY.Mが気が合わない…ましてや喧嘩でもしては困ると最初は気が気でなかったのである(笑)。会社は私とKの2人で起業したわけであり、そのどちらかが欠けても成り立たない。したがって原因や理由はともあれ、私は開発を一手に担っているKの仕事に悪影響を与えることがあればY.Mに限らず解雇するしかないと決めていた…。

 

ということで後になれば笑い話だが、私は本当に心配していたのだった。それが「私たち結婚します。仲人をお願いします」というのだから、どれほど私が喜んだことかは…当時の2人は知らなかっただろう。

 

仲人を仰せつかったのはそれが初めてだったが、私も新宿の伊勢丹だったか、Kと一緒に出向き、タキシード一式を作ったりもしたし、結納にあたりKの実家を訪問したりと結構忙しくも楽しい思いを重ねた。

ただし…である。私の胸には新たな杞憂ともいうべきことが渦巻き始めていた。

 

それは狭いオフィスに夫婦が存在するという歴然とした事実である。私が務めたことのある一部上場企業などでは同じ職場で結婚した場合にはどちらかは退職あるいは別の職場に配置換えを余儀なくされるという就業規則が存在していた。現在そういった規則が法的に認められるかどうかは知らないが、企業側としては日々の仕事に対して何らかの弊害があると考えての取り決めであろう。

 

しかし大企業ならともかく超マイクロ企業、それも本社4人の会社で部署の異動はもとより転勤などできるはずもない…。まさか北海道の支店に転勤させるわけにもいかない(笑)。

Kと夫婦になったY.Mはその後もそれまでと変わりなく勤務していたがそこは「夫婦の絆はなによりも強し」を身にしみて思い知らされる毎日が続くことになる。そして本人たちは気づいていなかったと思うが微妙にではあったものの、K自身も少しずつその言動に変化が出てきた…。

 

いや、2人の名誉のために言っておかねばならないが、この夫婦が職場でベタベタしたりといったことは決してなかった。それは間違いないものの夫婦だということもまた事実である。

多分、当事者同士はそんな気配は微塵も見せてはいないと思っていただろうが、第三者の私から見れば正直徐々にやりにくいことが多くなりストレスを増すことになっていった。まあK自身は男女の機微うんぬんといったことに敏感な男ではなかったから、それこそ当時の私が苦慮していたことなど知る由もなかっただろう。

 

また堅いことをいうようだが私とKはいわゆる経営側の役割を持った人間である。特に私はビジネスに直結する決断だけでなく社員に対して例えば昇給や賞与の額を決めるための評価もしなければならないし、場合によっては厳しい査定も必要な場合もあろう。しかし私は独断的過ぎるのを押さえる意味も含め重要な案件は副社長に同意を求めることも忘れなかったが、例え私の決定に口を出さない副社長であっても相談している対象者が彼の女房というのはいかにもやりにくい。

 

それにY.Mが副社長の女房だということを積極的に公言したわけではないが、こうしたことは意外に早く広まるものだ。したがってこれまた本人たちの責任外だとしても他の社員たちは勿論、取引先や第三者たちも彼女を「副社長の女房」という目で見、そして相対することになるわけで、仕事面から考えれば決して良い職場環境ではなくなっていった。

 

そしてこれまた当事者はまったく意識していないと思うが、日常の雑多なあれこれを決める話の中でも2人は次第に同一の価値観を持ち、意見を合わすことが多くなったし、本社4人目として入社した経理担当者のSはY.Mの尽力でコーシンに就職できたと考えていたし...事実そうなのだが…ましてやY.Mに一目置いている友人だというのだから正面向かって彼女と反対の意志を露わにすることなどありえなかった。

 

こうしてひとつひとつの出来事は…例えば昼飯にどこの店に行くか…といった大した問題ではないにしても、常に3対1という空気が積み重なっていくのだった。いや少なくとも私には…仲人の私には(笑)そう感じられたのであり、些細なことの積み重ねほど程貯め込んでしまうものだから後で爆発することになる…。

話しは先走るが後に札幌支店に新卒の女性2人を採用した背景には人材は仲間意識やらで染まっていないスタッフを一から育ててみたいという強い意志が働いたからだった。

 

 

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