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1992年早々、Macworld Expo視察のためサンフランシスコへ

1992年1月11日からサンフランシスコExpoに向かった。今回のExpoはSystem7.0が立ち上がりQuickTimeがリリースされた直後、そしてPowerBookも登場したわけで話題性はかなりあると期待しながらの渡米だった。そしてAppleから登場した初めてのノートパソコン PowerBook100を持参しての旅でもあった。

 

16日と17日の両日フェアモントホテルテルで行われるパシフィック・マーケットフォーラムでスピーカーを依頼されていたこと(私の担当は16日のみ)、そしてあの合併直後の新生MacroMind・Paracompに乗り込んだりといろいろビジネス上でも忙しい日々だった。

 

1月11日(土曜日)、私とY.Mそして札幌支店のE.Hの三人でサンフランシスコに旅立った。目的は勿論MacExpoだが女性2人と男1人のこの旅がどのようなものになるかが少々心配だった…。

さて、我々はUA852便のビジネスクラスを予約していたが、オーバーブッキングとかで何と全員ファーストクラスに廻されるという実に幸先良いスタートとなった。なんたって椅子が楽だし食事も違う。ワインリストも持ってくるしメインディッシュなんか5種類の中から選べるのだから最高。

 

とは言っても好き嫌いの激しい私は幕の内弁当を頼んだが、メインディッシュの前にはシャンペン、キャビア、オードブルそしてサラダが出てくる。キャビアみたいな高価なものが嫌いな私でもせっかくだからと無理をして咽に流しこんだ。あー意地汚い(笑)。

贅沢な話しだがこのように恵まれた環境であっても飛行機は疲れる。サンフランシスコに着いても眠くて仕方がなかったが、今回宿泊するホテルはダウンタウンにあるPARC FIFTY FIVEホテルだった。チェックインの後、三人で早速サンフランシスコの最初の夜を記念するべくディナーへと街にくりだした。














 

 

 

 

 

この日、Brooksホールでホットドッグを立食いしていたら警備のおじさん(日本人)がトコトコ来て紙を差し出す…。何事かと思ったら、たぶん拾ったレジストレーションカードだろうが、その裏にきたない日本語で「折角アメリカへ来られたのだから不愉快な思い出を残さない様楽しい旅行をして日本へ帰って下さい。特にスリやひったくりに気を付ける様に。」という文章が書いてあり「私の日本語判りますか ?」と言う…。我々は注意をしているつもりだったが、現地馴れしている人から見ると随分とスキだらけなのかと反省することしきりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・スカリーCEOの基調講演はQuickTime一色といった感じでサードパーティの製品なども交え、ユーモアあふれるもので好感が持てた。ただ内容自体は特に目新しいと感じるものはなかったにもかかわらず、会場の反応は過剰とも言えるもので違和感を感じた…。

 

2日目の夜はツアー主催のパーティをホテルで開催したが、たぶんこれまでで一番まともで美味しいものだったと思う。いつもこのパーティに出るディナーは評判が悪かったが、今回ホテルが変わったからだろう。今回のツアーの参加者が一言づつ自己紹介する中で特筆すべきは会社から「勉強のために行ってこい!」と言われて参加した人の数が目立ったことだ。それだけMacintoshが注目されてきたわけでほんの少しだけだが業界の先達として誇らしい気持ちに…。

 

札幌支店のE.Hや本社のY.Mは2月のExpo/Tokyoがせまっていることもあり、会場の各社ブースの展示のやり方に随分と注意と興味を持って接していたようだ。

ところでメイン会場とは別の部屋でAppleがQuickTime関連専門の展示を行っていた。狭いスペース一杯にブースが並んでいたがほとんどはQuickTime関連の展示だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13日には夕食後、AppleJapanの方々と16日に行われるパシフィックフォーラムのスピーカーを担当する件で打ち合せをして部屋に帰ったら早くも24時を完全に過ぎていたというありさま。しかし日本で聞いていた私の役割とこちらで聞く話しが180度違うので困惑したが、AppleJapanと付き合っていればこの程度の話しの違いでドタバタしては笑われる(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Expoの展示自体は15日で終了したが、16日の当日は身支度を済ませてからケーブルカーでY.Mと共にFairmontホテルに向かう。ここはご承知の方も多いようにサンフランシスコではW. St. Francisホテルとならぶ高級ホテルだが、まず私がスピーカーを担当する部屋にたどり着くのが大変だった…。

ともかくレジストレーションを済ませバッチをもらい何とか目的の場所を捜し当てたが、こんな役目はそうそうOKするものではないと後悔することしきり…。いろいろと手違いもあり気を使わざるを得ない。また周知の方々、例えばエーアイテクノロジーの社長なども参加されていたので些かやりにくかったが、役者と同じで舞台 ? に立ってしまえば「やるっきゃない!」のだからと覚悟が決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当はその後にレセプションパーティがあったが役目を終えた私たちは早々にFairmontホテルを後にし、歩いてホテルに帰った。美味しい夕食後、私の部屋で寝る前のひとときを2月のExpo東京に関する打ち合せをする。打ち合わせなど東京に戻ってからすればよいとも思うが、打ち合わせすることが膨大にあること、そして札幌支店のスタッフがいることもあってExpo/Tokyoの会場で販売する当社のソフトウェアの選択とそのExpo特価やソフトウェアとは別の特製Tシャツなどのグッズ類制作について話し合ったものの私のまぶたは自然に閉じていく(笑)。

 

17日は朝起きてみると、こちらに来てはじめての雨が降っていた。まあ乾燥しがちな土地だからたまには雨が降った方がよいのだろう。ところでその日はMacroMind Paracomp社に行くことになっていたので昨晩から用意した鞄にVboxとかケーブル、そして8ミリビデオなんかが間違いなく入っているを再確認後早速車で出かけた。

 

同社は合併前の場所ではなく、そこから少し離れた位置にある600 Townsendというところにあった。そのオフィスはなかなかオーソドックスの中にも洒落た部分もある明るく感じの良いところだった。私達は予定通り同社のトップであるMr. William R. Woodwardに会うことが出来たがとても若く笑顔が魅力的な如才のない闊達な人だった。

型どおりの挨拶の後で我々の主目的であるビジネス上の話しをしたが、終始おだやかで切れ者といった感じをくずさなかった。そして我々の会社の印象も強く植え付けることができたと確信!

 

その夕刻、サンフランシスコ最終日ということでもありユニオンスクエア付近のいわゆるブランドショップをウインドウショッピングがてら回って見ることにした。この付近はルイ・ヴィトン、ティファニー、セリーヌ、フィラ、ポロ、ダンヒル、エルメスなどのそうそうたるショップの他に有名なデパートMacy'sなどがあり買物にはことかかない場所。しかし当然のことですがなんでも高い!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は女房用にmagic circusで知られたPIERO GUIDIのスカーフを買いに行く。数回訪れたことでもあり、日本人の専任者が笑顔で内側からドアの鍵を開けてくれる。

いくら仕事とはいえ、Macintoshづくしの生活をしていると女房にもフラグメンテーションが生じるから、こんな時にご機嫌をとり、メンテナンスをする必要があるわけなのだ。ハードディスク以上に女房殿のクラッシュは恐いのだから(笑)。

 

ともあれこのExpoは以前にも増して多くの方々とお会いする機会を得たものの、いろいろな意味でますますAppleとのビジネスの難しさを思い知る結果となったのは皮肉なことだった。

 

 

PARC FIFTY FIVEホテルの部屋で持参したPowerBookをひろげる

Expo会場のひとつ、MOSCONEセンターのエントランス

メインのブーストは別にQuickTimeに話題を絞った展示を行う部屋があった

ホテルの窓から日が落ちたビルの谷間を眺める

パシフィック・マーケットフォーラムで質問に答える筆者(奥中央)

サンフランシスコ名物のケーブルカー

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