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第3回MACWORLD Expo/Tokyo出展

1年間というスパンでビジネスを考えると利益云々はともかくMacworld Expo/Tokyo出展というイベントが準備や予算確保も含めて大きなウエイトを占めていることがわかる。1993年2月10日から13日までの4日間、幕張のコンベンションセンターで開催された第3回MACWORLD Expo/Tokyoも苦い失敗といくつかの光明を見いだした得がたいイベントだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の小さな会社は順調であり、数年先までの見通しも大きな障害はないように思えた。したがってイベントにも積極的にアプローチできたしチャレンジも可能な時代だった。しかし市場を冷静に見るとバブルが弾けて以降、コンピュータソフトウェア産業は不景気の時代に入っていったしMacの業界も同業者の廃業や大きな組織変更等大変なことが沢山あった。

 

ただし私たちの会社は他の企業と比べて基本的にかなり異質なところがあり、生き残るには適当な存在ではないかとも考えていた。当時の我々は自分たちの会社の特徴を次のように考えていた…。

 

1)Macintosh用アプリ開発だけの会社。

ちなみにこのMacintosh用のアプリケーションだけで喰っている組織はどうやら我々だけ。他社はショップを兼務とか他メーカー機種のソフト開発などをやっているのが普通。要は競合がほとんど存在しなかった。

 

2)組織が小さいので意思決定が速い。

極端な例だとあるビルのエレベータを降りる間にKと私の間で新製品のアイデアとその製品化が決定される...といったこともあった。したがって稟議書を上げて印鑑をいくつも押して貰わなければ物事が決まらないということはない。

 

3)アイデアが枯渇しない。

私たちにはいくらでも面白いソフトウェアのアイデアがあった。時間と予算があれば作りたいMacintosh用のソフトウェアは沢山あり、Macintoshが存在する限り需要があるかぎり我々数人が生き延びていく活動はできると考えていた。

 

4)夢を具体化できる技術力がある。

これまでの自社開発製品であるVideoMagicianII、MOMENTO、GRAND MUSEE、QTJOY、たまづさ、DIZZINESSなどの具体例をあげるまでもなく常に先をいく技術力と思いを形にするパワーを持っていると信じていた。

 

5)資本系列などはなし

したがって株主や親会社などの顔色を伺う必要がない。やりたいことが出来る。

 

6)会社を大きくし上場する意志はない

会社を大きくする意志はなく、もし社内留保があれば製品という形でユーザーや業界に還元したいと考えていた。実際にいくつかのベンチャーキャピタルから資金投入の相談があったがすべて断っていた。

 

したがってというべきか、この頃の私たちはまだまだ未来に楽観的だった。無論弱点も認識していたものの、いま対処できない将来への不安はなるべくポジティブに考えるようにしていた。

ともかく第3回MACWORLD Expo/Tokyoはそれまでの1回目と2回目とを比較しても予算をかけたものとなった。まずはブースは4小間を確保した。これは縦横共に6メートルのスペースである。したがってはじめてブース内に小さくてもバックヤードを置くことができるようになった。

 

また大型モニターを埋め込んだりもして外装もメタリックな感じで高級感を出したつもりだった。そしてこれまでオープンなブースばかりだったこともあるが、例えば一人のスタッフが自分のポジションから他のスタッフの様子が伺いにくいという閉鎖的なデザインになっていた。そして何よりも全体に明るさと軽快さが感じられず、よく言えば濃厚な感じもしたが要塞の中にいるようで落ち着かなかった。このことはデザイナーから提示された図面上では分からず、実際のブースに接して初めて分かったことだったが大いに反省の材料になった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに悪い事に私が前日からかなりの高熱を出すアクシデントに見舞われ、その後私の風邪が移ったのかほとんどのスタッフがヨタヨタのありさま…。見るに見かねたのかエーアンドエー社の新庄社長が栄養ドリンク半ダースの差し入れをしてくださったり、来場の方がのど飴を差し入れてくださったりと思い出深いExpoになったことは確かだった。

 

このExpoでは自社製品のアピールだけでなくNIFTYフォーラムで盛り上がった “3D大福コンテスト” の発表と表彰式をブース内で行ったり、ワインを配ったりと「ここはなにをやってるブースなのか?」と思われる人もいたのではないかと苦笑するほどお祭り騒ぎとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またExpo/Tokyoも3回目ともなるとビジネスショウと同様にコンパニオンが並ぶような催事になりつつあったが、我々のお祭りはそうした傾向に一矢報いるものになったのではと関係者一同、風邪による体力低下も忘れ笑顔のイベントとなった。

 

さて第3回MACWORLD Expo/Tokyoの熱気も収まった翌月末からはまたイベントに追われることになっていた。それは富士写真フイルム(株)主催、そして(株)コーシングラフィックシステムズ、(有)ファクトリー、日立造船(株)の3社が協賛した画像データベースセミナーを東京と大阪で開催することになったからだ。

さすがに大手企業が企画し集客するイベントだけにビジネス色が強いとはいえ東京・大阪共に盛大なイベントとなった。

以下当時の雰囲気を少しでもお伝えするため、その告知概要をご紹介しておきたい…。

 

■開催日時

・大阪 3月30日(火曜日)

 午前の部   10:00~13:15

 午後の部   13:30~16:45

・東京 4月6日(火曜日)

 午前の部   10:00~13:15

 午後の部   13:30~16:45

 

■開催場所

・大阪 富士写真フイルム(株)大阪支社 6Fホール

 大阪市中央区備後町3-5-1

・東京 富士写真フイルム(株)東京本社 1Fホール

 港区西麻布2-26-30

 

■セミナー内容

・画像データベース概論

 コーシングラフィックシステムズ 代表取締役社長 松田純一

・DIJEのご紹介と応用例

 富士写真フイルム   電子映像事業本部 川島 巌

・iSERV

 日立造船    ロボット・電子事業部  木原忠興

・GRAND MUSEE v2.0

 コーシングラフィックシステムズ 代表取締役社長 松田純一

・4D Multimedia Tool Kit

 ファクトリー       代表取締役   西村俊一

 (敬称略)

※セミナーの定員 大阪は各回とも100名、東京は各回とも200名です。定員になり次第締め切りとなりますのでご了承ください。

 

■展示

・各社のソフトウェアならびに富士写真フイルム(株)のデジタルカメラ「DIJE」をセミナーとは別に常設展示しております。

 

■お問い合わせ

・当セミナーに関するお問い合わせは下記セミナー担当者までご一報ください。

 大阪 富士写真フイルム(株)大阪支社 大阪販売部 TEL:06-205-xxxx

 東京 富士写真フイルム(株)東京本社 東京販売部 TEL:03-3406-xxxx

 

まあまあ…1993年もこうして出だしから忙しい日々が続くことになったが、ところでこの画像データベースセミナーは久しぶりに"会社" という感覚を思い出させてくれ、懐かしい思いをしたイベントとなった。勿論それは富士写真フイルムという大会社とその社員の方々の働きぶりを拝見してのことだ。

私も最初は一部上場のメーカーに勤務したことで組織とか上司と部下の関係そして制服の女性社員たちと仕事をしていたわけで…そうした当時を思い出していた。しかし懐かしいとは思うが、もう一度あの頃に戻りたいとは思わかなった(笑)。ともあれ時代なのか、昔とは違い上司の方々より一般の若い社員の方々のほうが元気で明るいのが嬉しかった。私のサラリーマン時代はやたら上司は恐くてうるさいだけの存在だったから(笑)。

 

 

 

初めての4小間ブースだったが閉鎖的で使いづらかった

ブース内で “3D大福コンテスト” の発表と表彰式を執り行った

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