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「キューティ・マスコット」誕生

1993年も押し迫ったころ、手前味噌ながら大げさでなくMacの歴史に残るアプリケーションがリリースされることになった。それは「キューティ・マスコット」。

後にこのアプリは1999年AppleのWWDC(世界開発者会議)において、日本初のApple Design Award/最優秀技術賞を受賞することになる...。

 

この時期、次回のMacworld Expo/Tokyoの会場である幕張メッセは今年よりひとつホールが追加され4つのホールを利用するといった勢いのあるニュースがあるかと思えば、秋葉原では広瀬無線が閉店となり閉じたシャッターに組合のビラが貼られ全員解雇通告を受けたが再建したい旨のことが記されるなど明暗が目立つ時代になっていた。

 

私の会社も当然ながら日々こなさなければならない仕事を粛々とこなしていたが、まだまだ屋台骨は細くそして極々狭い業界でしか知られていない存在だった。しかしこの頃から少しずつメジャーなメディアにも注目され初めていた。

例えば紀田順一郎氏の著書「マルチメディア」にはアップル、ソニー、ゼロックスPARC研究所、IBM、NeXT、NHKなどに並んでコーシングラフィックシステムズの名を取り上げていただいたりもした。

 

そんな中、1993年11月にアミューズメント系ソフトといわれたデスクトップアニメーション「キューティマスコット」をリリースする事になった。アニメーションといえば秒間何コマといった絵を多々用意しなければならないのが普通だが「キューティマスコット」は魚の絵を1つ描けばそれだけで簡単な設定後にMacの画面上を(他のアプリが起動中でも)ランダムに泳ぎ回ることが出来るツールだった。

ただし当時のMacはまだまだ非力だったしメモリも少なかったため、我々はそのコンセプトから内蔵されているペイントツールで縦横各64ピクセル内という小さな領域に限った。

そして書き出したアニメーションデータは「キューティ・マスコット」がなくても独自で起動することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場で長々と機能やスペックを書き連ねるのは適切ではないだろうから遠慮するが、32 Bit Color QuickDrawおよびQuickTimeは勿論AppleEventや音声認識、音声合成などAppleの誇る機能が満載のアプリケーションでもあった。

もともと「キューティ・マスコット」は開発者のKがパピーラブ (Puppy Love) というMac上で犬を飼育するアプリに刺激を受けたものだが「キューティ・マスコット」は出来合の生き物ではなくユーザーが好みの生き物、すなわち鳥でも猫でも...いやライオンでもネズミでもなんでも描けばデスクトップに飼うことができるし作るものは生き物ではなく静物でもいいし丸でも三角でもいいのだ。それらが思い通りに、あるいは意図しないランダムにデスクトップ上を徘徊したり1箇所に留まったりして息づいている…というものを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アプリケーションそのものは早い時期にプログラマ兼副社長のKがそつなく完成域に作り込んでいた。後はバグ取りは勿論だが私も企業の責任者としてというより一人のMacユーザーとしてこうした機能が必要であるとか、使い勝手といった点についてフィードバックを繰り返した。

ただし私はこのプロトタイプを見せられたときひとつ大きな危惧があった。これは間違いなくヒットする製品に違いないしヒットさせなければならないが、多機能で多彩な可能性を秘めた「キューティ・マスコット」の魅力をどうしたら多くの人たちに知ってもらうことができるかに頭を悩ましたのだ。

 

時代は現在のようにインターネットが我々の前にあった訳ではないし面白いもの、素晴らしいものが成功するほど単純な世界ではないのだ。無論数人のスタッフしかいない我々に全国行脚ができるはずもないしテレビや一般紙に広告を打てるはずもない。来年のMacworldExpo/Tokyoには大々的に花火を打ち上げるとしてもリリースした時点の盛り上げをどうするかをあれこれと考えた。

 

結局私は大別して3つのことに注視することにした。社内での話し合いでもああだこうだと概論は出ても具体的な策は出て来ないのでここは私がやるしかない。

ひとつは当然のことながらNIFTY-Serveのパソコン通信上にある我々が運営するフォーラムで多くの話題を提供すること。2つには製品に同梱するサンプルは勿論だが、多くの様々な機能を見せその可能性を知ってもらうことができるサンプルを多々制作して配布すること。3つ目にパワーユーザーの方々を対象にマスコット作家という立ち位置でコンテストをしたり、もし多くの作品が集まったらそれらをCD化して配布するといったことを考えた。

 

特に重要なのは「多機能・高機能」を謳ってもストレートな効果は出にくいものだ。ユーザーは何もないところからまったく新しい製品を体験されるわけで、いかに興味を持っていただけるかが大切だし様々で多彩なサンプルから自分なりに思いついたアイデアを形にしてみたいとMacの前に座り「キューティ・マスコット」を起動していただくことが肝心なのだ。

そう考えて私は「キューティ・マスコット」を単なる生き物をデスクトップに飼うツールとしてだけではなく「キューティ・マスコット」で作った小さなマスコットデータをパソコン通信であるいはフロッピーディスクに入れて他のMacユーザーに自慢したり驚かせたりプレゼントできるものでありたいと考えたのである。

要はパソコンによる物作りの垣根を低くしたいと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからサンプルデータは意識的にそれぞれ違う機能を知らしめるものをと考えて作った。最初作ったのは黒猫ミーナと親しまれた猫のマスコットだが、ランダムに左右に歩き回りマウスクリックすると「ニャー」と鳴き時に眠り込んでしまう。また魚のマスコットはこれまた左右に口をぱくぱくしながら泳ぎ、時に泡を出したり糞をする。

それからバギューンマスコットもその意外性が人気となった。それは画面上のランダムな位置に「パーン!」とピストルの発射音と共に穴が空き、周りから血が滴り落ちる…といったマスコットだ。

その他、UFOマスコット、てんとう虫マスコット、ビデオで撮影した炎を使ったリアルなキャンドルマスコットなどなどだが、マスコットという名に縛られてはいけないとも考えたし、ユーザー自身のアイデア次第で表現の可能性は無限にあることを少しでも知ってもらいたかった。そしてなによりも従来のアニメーション作成のように時間がかからないこともポイントだったし、絵が上手下手というよりアイデアが大切だと説いた。

 

「キューティ・マスコット」は現在の感覚からすればまだまだ小さいマーケットの中ではあったが私の会社の製品としては成功したといえよう。パソコンで何をやるのか...が明確にできない時代にささやかではあったがMacの可能性というものを示唆できたものと思っている。

そして機会がある毎に私は多くの場でこの「キューティ・マスコット」を実際にデモし続けた。ユーザーグループ、販売店の店頭、各種講演の場、イベント出展時は勿論、総本山のアップルジャパンやサンフランシスコのMacworld Expoに行った時もアップルジャパンの要請でApple本社のスタッフ数人に囲まれて「キューティ・マスコット」がいかにAppleのテクノロジーを生かしたMac専用のアプリケーションなのかを力説した。

 

「キューティ・マスコット」の魅力、コンセプトそして安定性など開発面での優れた特性は当然としても一人でも多くの人たちに知ってもらうこと、そして市場やマーケットの中心人物たちにその存在を知ってもらうという地道な活動が冒頭に記した日本初のApple Design Award/最優秀技術賞受賞につながったと考えている。

 

 

キューティマスコットの作画キャンバスとセルウィンドウ。サンプルとして製品に同梱したひとつがこの「黒ねこミーナ」

マスコットは他のアプリが起動中でもメモリが許す限り複数個動作されることができる

1994年、Macintosh誕生10周年記念出版として技術評論社から出版された「マスコットの玉手箱」

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